2007年09月の記事

2007年09月の記事一覧です。
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いつもお読み頂き、誠にありがとうございます☆

さて、募集告知をご覧になってお気軽にご連絡下さった皆様、どうもありがとうございました☆(^-^)
こちらの企画はこれからロングスパンでできるだけ長いこと気楽に継続していこうと思っておりますので、
少し気になっている皆様も焦らずいつでもお気軽にご連絡ください☆(^-^)

さてさて、それでは前回の続きで、

   目に見える ≠ 自分の外にそのままの実体がある

のお話です☆(^-^)

私が
 
   「その皆様の手の色はどこにあるんですか?」

と質問いたします。するといわゆる常識的なご回答は

   「いや、この手の上にあるんですよ。」
   とか
   「ほら、ここに、目の前にあるじゃないですか?」

いうものだと思うのです☆(^-^)

そうすると、私は

   「それでは☆(^-^)☆」

と言って、友達の火星人さんをその場に連れて来て
ちょっと手伝って頂いたりします☆
(当然、本当はそんな友達いませんよ☆(^-^))

そして、火星人さんにこんな質問をしてみます。(^-^)

   「この日本の人たちの手の色は何色ですか?」

そうすると、彼は

   「そうですね。地球の日本人さんの言うところでは肌色でしょうけど、
   私にはくすんだドブ色にしか見えないんですよ☆」

と申し訳なさそうに、おっしゃるかもしれません☆
もしくは、

   「そうですね。地球の日本人さんの言うところでは肌色でしょうけど、
   私には美しい黄金色にしか見えないんですよ☆」

とすごく嬉しそうに、おっしゃるかもしれません☆
(こっちの方がよいですね☆(^-^))

さて、お分かりになりますでしょうか?
火星人さんについては喩え話ですからひとまず忘れて頂きまして、
結局、”その手の色”は
「何か絶対的なイロというものが手の上にある」
のではなくて

   手に当たって跳ね返り続けている光が
   人間の目に入ると
   その刺激が目から視神経などを通って
   なんらかの信号変換をされて
   おそらく脳内で
   凄まじいスピードで現像化され続け
   人間にはそれが「肌色」だと認識される

ということなんだと思うのです☆(^-^)

つまり、

   目に見える = 自分の外にそのままの実体がある

のではなくて

   目に見える = 自分の内にそのような知覚が生まれ続けている

ということを私は真実なのでは、と思っているのです☆(^-^)

もう少し分かりやすさを追求してみますと、

   ご自身の脳内に
   「映像を映し出す薄いスクリーン」 が一枚あって
   目を開くたびにご自身は
   その 「薄い脳内スクリーン」 にアクセスしているんだ、
   目を閉じるとそのアクセスが途切れるんだ、

とご想像してみて下さい。

   目に見える「イロ」は
   自分の外に「ある」のではなくて
   人間の「視覚の仕組み」にしたがって
   自分の『脳内スクリーン』に映し出されている幻影☆(^-^)

とも言えるわけですね☆☆
(余計わかりにくくなっちゃった??☆(^-^))

少しの時間以下に書いてある作業を
何度も繰り返し実践してみてください☆
理屈でなく体験としての理解が深まるかもしれません☆(^-^)

  10秒、目を開いて・・・
  見えるのは「脳内スクリーン」・・・
  脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン・・・

  10秒、目を閉じて・・・
  光は来ない、光は来ない、光は来ない、光は来ない・・・

  10秒、目を開いて・・・
  見えるのは「脳内スクリーン」・・・
  脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン・・・

  10秒目を閉じて・・・
  光は来ない、光は来ない、光は来ない、光は来ない・・・

  10秒、目を開いて・・・
  見えるのは「脳内スクリーン」・・・
  脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン、脳内スクリーン・・・

  10秒目を閉じて・・・
  光は来ない、光は来ない、光は来ない、光は来ない・・・

(実際に実践してくださった方、ありがとうございます☆(^-^))

長々とお付き合い頂いて参りましたが、
一体何が言いたいのか、と言いますと

   私たちの薄っぺらな『脳内スクリーン』に映っている「視覚」では
   とらえきれない現実(リアル)が
   私たちの『脳内スクリーン』の向こう側にある

そんな風に視覚に囚われずに
世界や人間や自分を観察してみると
色々と発見があったりするみたいですね☆
ということです。(^-^)
(別にいいんですけど☆(^-^))

p.s.
ちなみに[W]も波動としての特性をお持ちだそうですね。
私はここまで専門的なことはよく分かりませんが、ご参考まで☆☆

----(お知らせ☆(^-^)☆)--------------------

実は、皆様のおかげで最近、
じわじわとヨシダカマガサコの評判が上がって来ておりまして、
人材募集をひそかに(?)開始することに致しました。
皆様の「お知り合い」や「お知り合いのお知り合い」ぐらいで
弊社に合いそうな
・技術者の方
・営業の方
がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡頂ければ幸いです。

<(連絡先はこちら☆)>
「チョー(超)気軽に連絡してくれて、どうもありがとう☆(^-^)☆」
info@yoshidakamagasko.com
03-3237-6990

----(お知らせ☆(^-^)☆)--------------------

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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さて、このテーマは掘り下げていけば永遠に掘り下がるほど深いですし、
私もまだまだ充分な理解を得られたとは到底言えませんので、
軽々しく触れることは若干ためらわれるトコロもあるのですが、
ひとまず続けて参りましょう☆(ノラクラノラクラ(^-^))

まず、ひとつだけ前提として了解して頂きたいことがあるのですが、
(別に無理強いはしませんよ☆(^-^))

   目に見えること

を現代の人はかなり重要視されるようなのですが

   目に見える = 自分の外にそのままの実体がある

というのは結構な誤解なんだと思うんですよ☆(^-^)

例えば、こんな質問をしてみます。

   「今、目の前にある皆様の手の色は何色ですか?」
   
そうすると、皆様はおそらく

   「肌色ですね。」とか「黒ですね。」とか「白ですね。」
   
とお答えになります。

そこまでは私も「それは、そうですよね。」と思う範囲内なんですね。
(厳密には違うんですけど☆)

ただ

   「では、その肌色とか黒色とか白色はどこにあるんですか?」

というと、大体の方々は

   「いや、この手の上にあるんですよ。アタリマエでしょ?」
   とか
   「ほら、ここに、目の前にあるじゃないですか?」

とおっしゃるのではないか、と思うのです。

すると私はそこは、少し頭をポリポリかきながら

   「うーん。。。それは真実からは若干離れちゃってるかな〜☆
    私、厳しすぎるかな〜??☆(^-^)」

とか思ってしまったりするタチなんですね。(^-^)
(つづく)

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さてさて、
こんなことをまだ21世紀も初頭の早い段階で言ってしまうと
これまでの
「トンデモ社長☆」
とか
「クレイジー社長☆」
というだけでなく

  「カルト社長☆」(^-^)

みたいな印象を誤って持たれてしまうかなー、
と若干のおそれがあったのですが、
ここに来てかなりの確信を持ち始めて来てしまったので
そろそろ発表してもよいかなと思い始めました。
(もう私、創業以来こんなことばかり考えているので
ネタが自然とこうなってしまうのです☆)

「それは何ですか?」
と言いますと、
私の短い人生ではありますが
2年間の被雇用者生活と
3.5年間の創業者生活を経て

  人間からは確かに 「波動」 が出ている
  それは目に見えない
  手で捕まえられない
  けれど
  周囲の人間も確実にそれを感得している
  
ということをかなりカタク確信してきております。
色々と研究と実践をしてきて99%間違いないと思っております。

そして、その波動を形勢するのに大きな要因となるのが

  当人の想念(イメージ)とその集積
  当人の発する(してきた)話し言葉(とその集積)
  当人の発する(してきた)書き言葉(とその集積)

ということもどうやら確実だ、
と観察と検証を重ねた結果納得し始めてきました。
(また、当人が周囲の人から受け取ってきた
想念、話し言葉、書き言葉、の集積も
かなり大きな要因のようです。環境がダイジ☆)

中でも

  「ありがとう」
  「えらいね」
  「ついてるね」
  「お幸せに」
  「悩み苦しみがなくなりますように」
  「喜びに満ち溢れてありますように」

など、いわゆる「相手を思いやるような”与える系”のコトバ」
ばかりを考えていたり、話していたり、書いていたりする人間の波動は
その波動を受けとる相手に「ここちよい波動」と感じられるようです。

結構これは人格とニアリーイコールで、

  コウジンカクニンゲンは「ここちよい波動」ニンゲン☆(^-^)☆

である、ということもどうやら確からしいです。

私がこれまで無手勝流で経営をしてきた中で
大変お世話になった
”真実性を疑いつつも参考にさせて頂いてきた文献”
も紹介しつつ、
「これは真実ですね」
と私なりに疑いが晴れて来たところから
少しずつご紹介したいな、と思っております。

  21世紀からは
  「こころと波動」の法則にのっとって
  合理的に幸せに生きる時代?☆
  になると良いですね☆
  (ならなくても良いけど。(^-^))

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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さてさて、夏休み前から
個人的にだいぶ凝っているネタでしたので、
思わず長くなってしまいました。(^-^)

経営者という仕事をしていると
どうしても沢山の人とかかわりますので、
こういった視点が勝手に生まれてきてしまいます。
が、普通はそこまでコダワル話でもないかもしれません。(^-^)

例を挙げればキリがないので
コウジンカクニンゲン研究はここで
ひとまず終了〜☆

皆様長いことお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

あまりにも長いことひとつのネタをやってきたので、
以前に何を書いてたかサッパリ忘れてしまいました☆

次回からはまた日々の気分で
小ネタをちょこちょこアップしていきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願い致します。(^-^)

(ジンカクを上げる一つの方法としては、
いつでもどんな時でも目の前の人に
思いやりと感謝の念を持つようにすると良いようです☆(^-^))

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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今週、来週と3連休が続いてウレシイですね。
またもや窓の外の移り行く空模様を見ながら
地球が回転しているのを感じていました。(^-^)

このテーマ、
バンバン思いついてしまって止まらないんですけど、
例を挙げていけば挙げていくほど

  偉そうに評論しているけれど、
  自分のジンカクは
  まだまだ低いレベルで恥ずかしいなぁ

と自己嫌悪に陥りそうになってしまいました☆
でも、自分を嫌うのも
楽しくない結果を呼ぶ「怒り」の一種ですから

  今はレベルは低くてアタリマエ☆
  レベルが最初から高かったら
  レベルを上げていく楽しみがなくなってしまうわ☆

と開き直っていきますよ☆(^-^)

さてさて、
今日も未熟な実践者が
偉そうに解説してしまいます☆

------

  【低】 「自分さえよければ」楽しいヒト
 
  【高】 「自他ともによいから」楽しいヒト

これはコウジンカクニンゲン研究。(2)の分類でいけば

  2.何がよくて、何がよくないことなのか、
    緻密な分別を間違えない判断能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  3.「エゴ(自我感覚)度」の程度 
    (ものごとの受け止め方、自らの言動、気の持ちよう、想い、に対して)
    【少なければ少ないほど、コウジンカクニンゲン】

  4.相手の立場、言動、気の持ちよう、想い、
    に対する「共感能力」の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  5.慈悲心の強度・完成度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

4つにあたりますでしょうか☆

------

私は会社の意思決定者という仕事柄か
「それは合理的ですか?」ということを
すごく大切にしていたりします☆(^-^)

ですが、時々このコトバに誤解があるのかなぁ、と気になることは
「ニンゲンの心や気持ちにも法則とかコトワリ(理)がある」
という「合理性」にまったく気がつかずに、
ただ数値に表れやすいものだけとか
ただ外見的な効率性だけをロジカルに処理したりして
自分を「合理的」と思っている方々が
結構多かったりすることです。(^-^)

   情けはヒトのタメならず

って「合理的」な発想なんですよね、
とか思ったりします。
(そして、「ここで下心とか欲が行為に絡んでいると
”情け”として機能しませんよ。キレイな心で”情け”ましょう。」 
というのも法則なんですよ☆)

あと、

   自分の死後に残るのは
   自分が得たものではなくて
   自分がヒトに与えることができたもの (^-^)

という真実も私がいつも意識していることだったりします。
(何か残したいというワケでもないんですが☆)

「自分さえよければ」という発想は
一見合理的なように見えて、
実は自分で自分の幸せを小さくしてしまっている
非合理的な発想なのかもしれません☆(^-^)

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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まだまだ尽きないモデルケース。
前回のモデルケースが
「究極の一発」だとは思いますが
もう少しだけ続けて参りましょう☆

------

  【低】 他人の幸せを妬むヒト  
  
  【高】 他人の幸せを喜ぶヒト

これはコウジンカクニンゲン研究。(2)の分類でいけば

  2.何がよくて、何がよくないことなのか、
    緻密な分別を間違えない判断能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  3.「エゴ(自我感覚)度」の程度 
    (ものごとの受け止め方、自らの言動、気の持ちよう、想い、に対して)
    【少なければ少ないほど、コウジンカクニンゲン】

  4.相手の立場、言動、気の持ちよう、想い、
    に対する「共感能力」の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

3つにあたりますでしょうか☆

------

何とはなしに世の中を観察していますと
結構、嫉妬深いヒトっていますね。(^-^)

でも、面白いことに嫉妬深いヒトが周りの人から好かれたり、
大成功に恵まれることはほとんどないように思います。
一見大成功しているように見えたとしても
本人の心が貧しくできているので
本心からの「心地よさ」や「幸せ」は長続きしないようです。

結局、自分の発した「想い」は
そのまま「自分」にはね返り、
「自分」を形づくっていくようです。
「因果応報」「自業自得」の鉄則は
ここでもしっかり息づいているわけです☆

「自分の身に起こること」
は突然向こうから降ってくることもあるでしょうが、
「自分の心に起こること」
は100%自分の責任、と考えた方が究極的には正しいようです。

だからコウジンカクニンゲンは
「生き方上手ニンゲン」
と言えるのかも知れません。(^-^)

自他ともに幸せになる法則を知っているので
ただそれに逆らわないよう合理的に、
「自分も他人も楽しく幸せに生きていくこと」
だけに価値を置いて生きているニンゲン
とも言えるかもしれません。(^-^)

   私は幸せになりたい
   だから何を得るでもなく
   どこに行くでもなく
   ただ「今ここ」で幸せになりますよ

そういうシンプルな生き方を「チョー(超)徹底的に」貫くニンゲン
に近づいていくことがコウジンカクニンゲンへの道なのかもしれません。(^-^)

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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いつもお読み頂き、誠にありがとうございます☆

お待たせしておりまして恐縮でしたが、
今日もモデルケースで
理解を深めて参りましょう☆

------

  【低】 自分を傷つけるヒトを傷つけ返そうとするヒト
  
  【高】 自分を傷つけるヒトを憐れみ、慈しみ、感謝してしまうヒト

これはコウジンカクニンゲン研究。(2)の分類でいけば

  1.自らの言動、気の持ちよう、想い、を
    コントロールできる能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  2.何がよくて、何がよくないことなのか、
    緻密な分別を間違えない判断能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  3.「エゴ(自我感覚)度」の程度 
    (ものごとの受け止め方、自らの言動、気の持ちよう、想い、に対して)
    【少なければ少ないほど、コウジンカクニンゲン】

  4.相手の立場、言動、気の持ちよう、想い、
    に対する「共感能力」の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  5.慈悲心の強度・完成度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

5つにあたりますね☆

------

一体「慈悲」って何でしょう?(^-^)

かなり宗教的なニオイもするこのコトバですが、
その本質的なところをしっかり体験として理解するのには、
相当高度な精神的作業を要求するように思います。

似たような概念で「愛」がありますが
ドラマでよく出てくる「愛」にはエゴがしっかりあります。
よく言う「愛」はすぐに「憎」へと転化しやすい
『「愛欲」をエゴに都合よく美化したもの』
と言えるかもしれません。

「完成した慈悲の心でする行為」には行為にエゴがないようです。
ですので、「無償の愛」とかなり近いということです。
「憎」に転化する余地がありませんね☆
 
  「愛欲」−「エゴ」=「慈悲」

という公式をある方に教えて頂いたことがあり、
「うーむ」
と納得してしまった経験があります。(^-^)

「完成した慈悲」を実現できる前提として
「完全なるエゴの消滅」が必須項目となるようです。
(私のような凡人では到底不可能なお話です☆(^-^))

  感覚の連続があり
  行為の連続もある
  けれどそこに主体がない

そんな状態までエゴを滅した上での
ジンカクでなければ
「慈悲っぽい慈悲」しか行えず
「完成した慈悲」を実現することはできない
ということのようです☆(^-^)

  慈悲の完成は
  エゴの消滅(0)
  消滅したものをさらに無くすことはできないので
  そこまで到ればニンゲンのジンカクは完成を迎える。

  究極のコウジンカクニンゲンには
  終わりがあるようなのです☆

またもや「こんな解説で分かるわけない」といった感じですが、
そんな結論に勝手に達したクレイジー社長でした☆

(私はただの評論家・理論家であり、
実践者としてはウルトラ未熟者ですので
勘違いしないようにお願い致します。(^-^))

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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いつもお読み頂き、誠にありがとうございます☆

それでは、本日もまた
モデルケースで理解を深めましょう☆
(このネタだと延々出てきて
終わりがないですね☆(^-^))

------

  【低】 他人を変えようとする人
  
  【高】 自分を変えようとする人

これはコウジンカクニンゲン研究。(2)の分類でいけば

  1.自らの言動、気の持ちよう、想い、を
    コントロールできる能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  3.「エゴ(自我感覚)度」の程度 
    (ものごとの受け止め方、自らの言動、気の持ちよう、想い、に対して)
    【少なければ少ないほど、コウジンカクニンゲン】

  4.相手の立場、言動、気の持ちよう、想い、
    に対する「共感能力」の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  5.慈悲心の強度・完成度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

4つにあたりますね☆

------

だいぶ前に思いついたコトバで

   自分のことすら自分が変えられないのなら
   他人のことを自分が変えられると思うのは
   おこがまスィー☆(^-^)y
   
というのがあって結構気に入っています。

こんなことを思いながら自分を変えていけた場合、
「ニンゲン」というのは
「ヒトとヒトとの関係性」
のことを言いますので、
一方が変わった瞬間から
その「ヒトとヒトとの関係性」は
必然的に変わってしまうわけです☆

そういう「関係性の変化」から生まれた力学的運動によって、(^-^)
自分が変わった時点から
自分の望んでいた方向に
他人が変わる場合がありますね☆

でも、そんなことも達観してしまえるほど
自分のジンカクが上がっていったなら、
他人が変わろうが変わるまいが
そういったことは
あまりどうと言うことにもならないみたいです☆

こんな解説では分かってもらえないような気もしますが☆
本日はこのへんで。(^-^)

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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いつもお読み頂き、誠にありがとうございます☆

それでは、
今日もモデルケースで
理解を深めていきましょう☆


------

  【低】 カオ(顔)の表情が暗い印象を与える人
  
  【高】 カオ(顔)の表情が明るい印象を与える人

これはコウジンカクニンゲン研究。(2)の分類でいけば

  1.自らの言動、気の持ちよう、想い、を
    コントロールできる能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  2.何がよくて、何がよくないことなのか、
    緻密な分別を間違えない判断能力の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  4.相手の立場、言動、気の持ちよう、想い、
    に対する「共感能力」の程度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

  5.慈悲心の強度・完成度
    【高ければ高いほど、コウジンカクニンゲン】

4つにあたりますでしょうか☆
(「3.」も入れても良いように思いますが。)

------

これは結構意外に思われるかもしれないんですが、
私も最近気がつきました。

実は前回のモデルケースから派生したものなんです。

「言動」はかなり礼儀正しく、相当なジンカク者のように見える人でも
カオの表情が暗いとか、淋しげ、しかめ面な人は
実は「気の持ちよう、想い」の部分に
かなり「怒り」や「嫌悪(細かい怒り)」を溜めていることが多いようです。
(カオのつくりが不細工とか綺麗とかは全く関係ありません☆)

細かい怒りは発作的に起こる怒りと違って
ネチネチと ”溜まっていく” 場合が多く、
自分でも気がつかないのが厄介なポイントです☆
そういった方は周囲との人間関係も不和が多くなってしまうよう。
(大体のことに「嫌悪感」を示すわけですからアタリマエのことです☆)

自分の 「気の持ちよう、想い」 から
すっかり怒りや暗さを取り除けるよう
日々気をつけていないと
私もヒトゴトではありません。(^-^)

だから、社長(リーダー)の一番最初の仕事は

   何は無くとも
   明るくアッケラカンと生きること☆(^-^)☆

「暗い社長(リーダー)」 は周囲を不幸に陥れます。
特に人数の少ないベンチャー企業であれば
大企業よりもその効果はテキメンです☆
就職の際の 「最重要チェックポイント」 としてご活用下さい☆(^-^)

今日もありがとう☆
皆さんが幸せでありますように。
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