2005年11月の記事

2005年11月の記事一覧です。

11/30: 会社考(1)

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時々、弊社には高校生のコとかが遊びに来たりするので、そういう時は「会社ってなんだろう?」と自分も一緒になって考えてみたりします。

で、私が高校生のコ達にまず最初に言うのが

  「ビジネスとは数式なんだよ。」

ということです。どういう数式かというと

  P=S-C

というカンタンな数式です。

  Profit(利益)=Sales(売上)-Cost(費用)

カンタンですね☆

全てのビジネスはこれに当てはまると思っています。

で、経営者に求められることは、

  いかにこの”P”を持続的に最大化・成長させるのか

という非常に単純明快なお話なのです。

そして、その”いかに”の部分において

  自分1人ではできないことを
  多くの人の手を借りて
  ”P”を持続的に最大化・成長させるぞ

と決めたときに、「組織」が生まれるというわけです☆(つづく)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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そんなにこだわってるワケじゃないんですが、今日もなんとなく運命論の続きで。

「どういう人が運命論者になりやすいのか?」

という疑問について、ちょっと考えてみました。運命論が正しいかどうかは私には分かりませんので、置いておいて。

運命論者になりやすい人たちの1つの側面として

『外部要因にかなりの部分左右され、
最善を尽くした上でも
自分の力ではどうにもならないことが多い仕事をしている。
また、それを強く自覚している。』

というものが大きい要素なのではないかな、と思いました。

「人事を尽くして天命を待つ」みたいなことを笑っちゃうぐらい繰り返してる人たちですね☆

「最善は尽くした。これで天が『死ね』と言うんだったら死ぬしかないわ。」
という気持ちで仕事をしている人たちは、結果待ちの不安な気持ちを解消するためにも

「もう未来は決まっているんだよ。」
とか
「運命に従うだけだわね♪」

と自分に言い聞かせ気分を楽にしようとする、という一面があり、
それが何度も繰り返されて行くと
それが習慣になり
習慣が人格を侵食し
自他ともに認める運命論者になっていく。

そういったプロセスがひとつあるように思いますた☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

11/28: 運命論。

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先日、松下幸之助さんについて書かれた本なんかを読んでいたんですが、
面白かったのは、彼が晩年の病床において

「自分はやりたいことをやりたいようにできたことはひとつもなかった。」
「自分で考えるというよりは、ほとんどのことをお客さんに習ってきた。」
「失敗も多かったけれど、その失敗が成功を運んで来てくれることがよくあった。」
「そんなこんなで、自分の人生は最初から全部決まってた気がする。」

と言っていたこと。

そういえば私も、今色々な経緯で創業をし、資金を集め、人を雇ったり、とようやくここまで来たわけですが、
「自分で切り開いた」
と言うよりは
「なんかの運と縁で、今こうなってる」
と言ったほうがしっくり来る感触があります。

さかのぼると、
就職先でのあの経験や、
大学時代のあの恋や、
思春期のあの挫折や、
小学生の時のあの体験や・・・、etc.

生まれたときから全部の経験が、今に繋がる布石になっているように見えたりします。

経営者には運命論者が多い気がしました。

(運命論者が正しいのか、経営者が運命論者になりやすいだけなのか、そこらへんは私にも分かりません☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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そういえば、最近景気がヨイみたいですね☆

私が4年前ぐらいにファンド運用の会社に新卒で入った頃、日経平均は7,800円ぐらいのどん底まで下がってて、結構クビを切られる人とかも多かった記憶があります。

でも、さっき久しぶりにYahoo!で株価をチェックしてみたら、現在の日経平均は14,678円。実に90%近くも上昇してました。(ETFを4年前に10兆円買って放って寝てたら19兆円になってた、ということですね☆)

こうなるとこれから予想されるのが
「日本はまたバブルになっとる!由々しき問題だ!けしからん!」
という人たちが続々と出てくるのではないかな、ということ。

ただ、よくよく見てるとこういう人たちは不況の時でも
「日本はなんでこんなに駄目になった!これは由々しき問題だ!けしからん!」
とか、実に似たようなことを言ってたり。

思考の型が常に
「これは問題だ!けしからん!」型
となっているわけです。

かつて松下幸之助さんは

  不況もまたよし

とか言っていたそうですが、たぶん彼は

  好況もまたよし、とか
  バブルもまたよし
  
と言うような気がします。(ポジティブ型☆)

これからかなり株価は上がっていくんじゃないかと個人的には予想していますが、「強い会社は好不況に関係なく利益をあげ続ける」と思うのでした☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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創業してから何度か極限状態をくぐり抜けて来たせいか、歴史小説(特に戦国時代モノ)を「こりゃ、オモロイな。」と思うようになりました。様々な観点からかなり勉強になるのですが、

戦国時代の”武将の覚悟”に触れるときには、
特に頭が下がり、
共感を覚えたりするようになりました。

時々、
「お金がなくなっても死にはしないよ」
みたいな開き直り方をする経営者とかも見ますが

私としては
「失敗したら腹を切るだけ」
とか
「討ち死にするまで戦いつづけるだけ」
という開き直り方をしてる経営者の方が、数段美しいし、
また、強いだろうなと思ったりします。

前者は死を怖れており、
後者は死すら怖れていない、
という差ですね。

あと、そういった
「限界を超えた覚悟をしたから”こそ”
歴史に残るような勝利をつかみ、生きのびることが出来た」
という逆説的なケースをよく見ます。

「覚悟のメカニズム」[G]みたいな研究をしてる人っていないんでしょうか?あまりにも多いので科学的に解明できそうな気がしたりします。なんて☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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ですから、最近

『相手先の経営陣が嫌がっているのに、その株を買ってドウ』

みたいな話が多い感じですが、

  「これなら完全に乗っ取れて相手先の役員全員クビにできるね☆」
  
ぐらいのシナリオが立ってない場合には、私的にはあまりオススメできないなー、と思ったりします。(株主と経営者の話なので実際はもっと複雑ですが☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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もしあなたが

  あまり乗り気でないAさんに、Bをして欲しい
  
と思ったならば

  Aさんに、Bをすると
  ”Aさんにとって” どれぐらい良いことがあるのか
  をまずは教えてあげなければなりません

人間は基本的に「説得されるのがチョー(超)嫌い」なのですから、無理やりやらせようとすれば反発を招くだけ。

  Aさんにとってどれぐらい良いことがあるかを説明し
  あとはAさんが「自発的に」動くのを待つ
  
というのが王道のようです。(つづく☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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また、人間というのは基本的に

  自分から心底「したい」「ほしい」と思ったものについては
  どんな障害があろうと追い求めたくなる動物
  
という認識をもつことも大切だな、と思います。
恋愛なんかが良い例じゃないでしょうか?
恋をした人は自分でも驚くぐらいのパワーを発揮することがありますね。

で、もしあなたが

  あまり乗り気でない A さんに、 B して欲しい
  
と思った時には

  あまり乗り気でない A さんに、「 B して」と言う
  
ことはあまりオススメできません☆(つづく)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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人間というのは基本的に

  『説得されることがチョー(超)嫌いな動物』

だという認識をもつことも大切だな、と思います☆

でも、人を動かさなければいけない時もあります。
特にそれ抜きで経営やビジネスはできません。
だから、なるべく

         『人を動かしたいなら説得しない』

という姿勢を貫くことが大事だな、と思います。(つづく☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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経営をしていると「情」と「理」について考えることが結構あります。

で、現時点では
「情」に関しては、非常に局所的な問題である場合が多く、大局的な判断をする際にはやはりプライオリティを低くして見るべき、
という結論にいたっています。

そして、この「情」に関して問題なことは、
持ち主である”人間”の個性が多種多様すぎて、「コントロールしようとしてもなかなか狙い通りにコントロールできるものでない」
ということでもあります。

米国などの多民族国家において 「Reasonable(理にかなってる)」 ということが物事の基準として非常に重視されるのは、上記のような理由 (「情」の基準がバラバラ過ぎること) がひとつあるのでしょう。と思ったりしました☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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昨日のお話にも若干繋がるところがあるかもしれない例え話をひとつ。

例えば、私が長年懸想(けそう)していた女の子にフられたとします。

長いことその子との楽しく幸せな生活を夢見続けた挙句のブレークダウン。
使った情熱、想像力、時間、創意工夫、労力、お金、についても自分の中では許容量イッパイ行ってしまった感がある。
それでも、自然は大きく厳しい。
時にはうまく行かないこともあるでしょう。

そんな時

  ガラガラと音を立てて崩れる信念。
  その他もろもろの夢たちも、こんな具合に崩れてしまうのか?
  そういえば若干気分がすぐれない。
  綺麗な青い空が紫色に見える。
  もしかしてうわさの”絶望”というやつか?
  「強く信じれば叶うなんて、嘘っぱちだぜ。
  この世に神も仏もあったもんじゃないぜ!
  おい!酒だ酒!
  酒もっともってこい!
  お酒さんをもっとイッパイもってこいー!」

と負のループに陥って
せっかくの「自分」を台無しにしてしまうのが
「夢とビジョン」のシロウトです。

こういう場合私のような
「夢とビジョン」のプロの人たち
はこう考えます。

  「俺がほしかったのはナ、 
  ”最高で素敵なパートナー” との楽しく幸せな生活だ。
  俺がフられたということは、あの子がそうじゃなかっただけのことだな。
  間違った選択をして大変なことにならずにヨカッター。
  大事に至らずありがたいッス☆」

こうして、
正のループに乗り込んだ「夢とビジョン」のプロたちは
さらに魅力的なカッコイー男性へと成長し 
最後には ”最高で素敵なパートナー” に辿り着いてしまうのでした。

皆さんも、まずは自分を大切に☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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で、「夢とかビジョン」を道具だと考え直すと、見えてくるのが
あくまで中心は「私」ということです。

「カッコイイ道具」に「私」が振り回される
のではなく
「私」が「良い道具」を使いこなす
ようにならないといけません。

そして、これを組織のレベルで考えるならば、

  この「道具」の作り方使い方のセンスを磨く

ということがリーダーシップの原点のように思えます☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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前の記事でちょっと触れましたが、人間には「目指すべきもの」が分かると安心とか希望が生まれるものなんじゃないかな、と思います。

目をキラキラさせて生きていく為には「ただ息をしてる」だけでは足りないようです。ましてや「いやいやながら生かされている」のではツラいだけ。「私は○○を目指す」という能動的な体勢をとった時、そこに初めて希望とか熱狂とか興奮とか、「活力」が生まれるように思います。

それから、もうひとつ。

「生まれてから死ぬまでの間にある無数の ”結果” は
最終的には全て ”過程” になる」

ということもけっこう重要かなと思います。
こう考えると、ふだん近視眼的に追いかけている「結果が全て」という言い方は「過程が全て」と言っているとも受け取れるわけです。

で、私は
「ビジョンとか夢」というのは、

  人生という過程を充実させていくための
  道具に過ぎないんじゃないですかね

と思うわけです。

  「夢を」達成することに意味がある

というよりも

  「私が」かかげて追いかけてることに意味がある

という感じでしょうか?

(あと一回ぐらいつづく☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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さて、もう一度
「夢を叶えた後で何が待っているのか?」
と考えてみましょう。

そして、
「夢を叶えた後に見る夢 を叶えた後で何が待っているのか?」
「”夢を叶えた後に見る夢”を叶えた後に見る夢 を叶えた後で何が待っているのか?」
「”夢を叶えた後に見る夢を叶えた後に見る夢”を叶えた後に見る夢 を叶えた後で何が待っているのか?」
・・・
と延々考えてみてください。

こうやって突き詰めて考えると、みんな同じ答えになるのかなと思うんですが、そこには「死」とか「人生の終わり」が待っているんじゃないでしょうか?

そこで私は思ったわけです。

”「夢を叶えること」それ自体
にはあまり意味はないのかも”

と。(結果はみんな同じなわけですから。)

それじゃぁ、なんでわざわざ
「結果が全て」
だの
「夢を実現させろ」
だのと時に苦労をしながら、時に不安と戦いながら、時に大喜びしながら、時に涙を流しながら、あくせくする必要があるんでしょうか?
(つづく☆)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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最近色々な人とお話をしていて、私がうったえる「ビジョン」とか「夢」とかに相手が共感を感じた瞬間から、相手の目に”ぱっ”と輝きが生まれることに気づきました☆

また組織活動をしていると
「組織のビジョンもあやふやだし、その中で今自分がどこに向かっているのか分からない」
という状況よりも
「組織のビジョンが○○だから、私には△△という役割がある、だから今□□をしなくちゃいけない」
という風に自分をとらえられる状況の方が
構成員の「活力」を大きく引き出せるように思えます。
(つづく)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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「夢を叶えた後で何が待っているのか?」
みたいな問いかけってよくありますし、実は結構深いものがあると思います。

ひとつ夢を叶えたら
もうひとつ夢を見て
もうひとつの夢を叶えたら
またもうひとつ夢を見る

「地球を手に入れたら月が欲しくなる」 というのは人間の真理なのでしょう。こういうコトバを聞くと「夢を追い続ける姿勢」に対してネガティブな印象を受ける方も多いかもしれません。それじゃあまるで回転かごの中に入ったハツカネズミみたい?

私自身も平素から「結果が全て」というのが口癖ですし、”夢を実現させること”に全精力を集中させるような生き方を好きこのんで選んでいます。

ただこの「結果が全て」とか「夢を実現させろ」というコトバの裏には、単にそれだけではなく、実は逆説的な

「結果を出そう、夢を実現させよう、と進んでいく ”過程” こそを
本当に大事にしたい」

という欲望があるように思ったりします☆
(つづく)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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こないだ、幼なじみと久しぶりにお酒をのみながらゆっくり話をしていて、「ビジョン」とか「夢」について、改めて考える機会がありました。

まだしっかり整理できてないのですが、久しぶりに面白い発見をしたような気分になってしまったので、今日からまた連載ものにしてみようかな、と思います☆

(つづく)o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

11/04: 人脈?

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”「人脈」を沢山持っている人間になる”
ことよりも、
”「知っている人」や「運と縁で知り合った人」が助けてくれるような人間になる”
ということが事業を行う上では非常に大切なことだな、と思うようになりました。

「知っている人」

「助けてくれる人」
は全く違うものなんですね。

じっくりと時間をかけて信頼関係を築くことは、スピード重視のIT業界でも大切なことなのです。また、一方的に甘えるのではいけません。お互いにメリットのある関係を築くことも大切ですね(これはビジネス以前のコミュニケーションのお話ですね)☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

11/02: 絶対。

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そういえば、近所を散歩したりしている時、たまに花とか草とかの緑がいつもと違ってすごく立体的で綺麗に見えたり、蹴ってみた小石のはね方とかがエライ美しくて勝手に一人で感動したりする時があります。

普段は全然気づかない、そんな小さな発見があるたびにじんわりと幸せを感じたりします。

世の中には”何かと誰かと比較した結果幸せ”というものが溢れかえっていますが、こういった”何だかよく分からないけど比較の結果でない幸せ”、というものをもっと大切にしていけたらなー、と思ったりすることがあります。分かるかなぁー?(私もよく分からんです☆)

これは「相対的な幸せ」と「絶対的な幸せ」という話でまとめることができるのでしょうか?☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

11/01: 真価。

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小さい頃から何かと挑戦心が強く、数え切れないトライアル&エラーを繰り返してきたように思います。で、色々と試せば当然すんなりうまく行かないこともあるわけです。時にはトラウマになるかと思うぐらい完全に打ちのめされる場合だってあったように思います。(もう覚えてないけど。)

そんなときに思うことが、

  「一敗地にまみれた後にどうするか」
  で自分の真価が問われている

ということです。

うまく行っているときに力強く前向きであること、
というのは誰だってできるわけです。

完膚なきまでに叩きのめされた後でも、
勢いよく立ち上がって次の戦いに挑めるか、
以前より力強く前を向いて笑えているか、
以前よりさらにスピードを上げて突き進むことができるのか、

そういったところで自分の真価というのは問われている気がします☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o