2005年10月の記事

2005年10月の記事一覧です。
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最近とある事情で「不退転」とか「腹をくくる」というコトバを思い出したりしていました。

思えば創業当初、二人合わせて160万円ぐらいの資金で事業を立ち上げようとしていた時
「逃げ道をなくす」とか
「不退転の決意」とか
「腹をくくる」とか
こういったコトバを計画書に盛り込んだり、実際に多様してた気がします。

「腹をくくる」ことなしに成就できることというのは、
逆に「腹をくくる」ことなしに成就するレベルのものでしかないのかもしれません。

思えば創業者というのは
1年に何度も「腹をくくる経験」を
する職業ともいえるかもしれません。

結構気力と体力を消耗したりもするんですが、こういう感覚はわりと好きなのです。o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

何年かやるうちに相当神経が図太くなる気がします。図太くなりたい方には創業経験がオススメですよ☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

(※ここまで書いておいてアレなんですが、「腹をくくる」というのは「腹をすえる」の誤用だそうです。またひとつ賢くなってしまいましたね☆)
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人間、努力してなんとかなることって、実は「努力してなんとかなるレベルのこと」でしかないように思ったりします。

資格の試験とかをいやいや頑張ってる人とかを見ると時々思うのですが、 「自分が努力しなくても人より優れているところって何だろ?」 という考え方に切り替えた方が幸せな人生を送れるような気がしたりします。

周りを眺めて
「なんでこの人こんなこともできないんだろ?」
とか
「人より努力せずに、人の数倍パフォーマンス出せるわ。」
というポイントを見つける、ということが大切な気がします。

先生や親に怒られたり呆れられたりするポイントが、実はそれだったりするみたいですよ。実社会に出るとそういったポイントが逆に有用がられたりします。そういったポイントを自分の生業にできるとさらにハッピーになれるようです。

私の場合は「しゃべりすぎ」ですかね。何時間でもしゃべっていられるんです。努力せずに。(私を助手席に乗せると眠くならないので重宝するらしいですよ。あと営業には相当向いているみたいです☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o )

資格の試験が圧倒的に得意な場合は、もちろんそれをやるべきなんですよ☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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昔から「執着心」というコトバは知っておりまして、分かったような気になっていたのですが、創業をして以来「執着心」についての理解は数段深まったかな、ということを思います。

そこで、執着心についてうまく説明できるか試してみたいと思います。

(↓数が増えるほど執着心は深まっていきます。)

執着度1.
「俺はできる。絶対勝つ。」
と結果が判明するまで(できるまで or 失敗するまで)思い続ける。

執着度2.
「俺はできる。絶対勝つ。」
と失敗した後でも、思いが薄れるまで思い続ける。

執着度3.
「俺はできる。絶対勝つ。」
と失敗した後でも、死ぬまで思い続ける。

執着度4.
「俺はできる。絶対勝つ。」
と失敗した後でも、死んだ後でも、思い続ける(だろうと思いながら死んでいく)。

執着度5.
「俺はできる。絶対勝つ。」
と失敗した後でも、死んだ後でも、生殺しのまま折檻され続けても、思い続ける。

”執着度4以上” のレベルに自分がいるとき、たいていの物事はうまく行くような気がします。逆に執着度が低い場合はあまりうまく行きません。(”執着度5”は実際試してみないことには私も分かりませんが・・。)

ここで、執着とは
「私の問題(私の忍耐力、私の目標達成能力、私のコミットメント)」
である反面、
「その対象が ”限界を超えていきたい” と思わせてくれるほど輝いているのか?」
という問題の二面性をはらんでいるように思ったりします。

で、 ”執着度4以上” を私に抱かせないような願望ならば、さっさと捨ててしまった方が人生スッキリするように思えたりするわけです☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/26: 器。

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最近「器」ということについてよく考えます。いつの間にか人間観察がクセになっているのですが、とにかく人間、その人の器にふさわしい場所にいて、ふさわしい生き方をするものだな、と思ったりします。よく見れば、驚くほどアーティスティックに”ピタッ”と一部の狂いもなくハマッているように見えたりします。コレまさに神業??

なので、「適材適所」というコトバがありますが、躍起になって「適材適所」「適材適所」と騒がなくても、人間、否が応でも自然の流れでその人の器どおりの場所におさまってしまうような気がしてきました。いわゆる「サダメ」みたいなものは本当にあるんじゃないかと思わせられる程です。

で、「器」の大きさって何で決まるのかな?
というのも結構前からの素朴な疑問だったんですけど。

最近は ”その人の願望の大きさ” と ”執着心の度合い” でかなりの部分決まるのかな、と思ったりします。(それを司るのはDNAだったり家庭環境だったり、また色々とあるのでしょうけど。)

私も自分の器がどれぐらいのものなのかよく分かっていませんが、この世を去る日までベストを尽くし(悪アガキし)続けたいな、と思う今日この頃でした☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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たまにシリアスに思ってることを書いてみるのは、毎日ブログを続けていく上では大事なことかもしれませんね☆あと、たまにメメント・モリ[W]するのも充実した人生を送るのには良いことだと思います。

でも、そういうことを考えすぎて、ネガティブになったりマイナス思考になったりするのは大変よくないことですね。特に”マイナス思考”は徹底的に排除すべき、一番よくない思考形態だと思います。

私は「夢に酔う」癖をつけてから、マイナス思考になることはまったく無くなりました。特に手持ちぶさたな時、ひとりで過ごす時に「つまらんなー」とか「さびしいなー」とか思う代わりに、自分のデッカイ夢が達成された状況をありありとイメージしてみます☆

慣れてないときは「そんなの無理だよ。」みたいなことを言うもう一人の自分もいるかもしれませんが、そんなことばを聞く必要はありません。無視してドンドンイメージを膨らませましょう♪

黙って一人で夢を見てるわけなので、誰も害していないし、誰の了解を得る必要もないのです☆

そんな私は今日もまた、途方もなく大きな夢が叶う瞬間を眼前にアリアリと描きながら、気持ちよくなってしまうのでした☆オススメですよ。o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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というわけで、これまで俯瞰してきて、存在感のある起業家に共通するものが多少分かった気がする。彼らは人生の有限性や死というものをかなり強く認識しているように思える。

これをひどくカンタンに言ってしまうと
”「どうせ死ぬんだ」の精神”
とも呼べるかもしれない。
取りようによってはかなりネガティブにとられる考え方かもしれない。

でも、そういう思いを持っているからこそ、
「”前のめりに”物事に取り組むことができる」
ということもひとつまた真実ではないだろうか。

そんな人達が”および腰で”仕事に取り組む人達よりも大きな結果を残すのは当然のことのように思える。

単なるお金儲け以上にインパクトのある「仕事」を残したいと思うなら、こういった考え方をしっかり思い出すことも時には必要だろう。(毎日考えるのはお薦めできないが)

私も「逃げて生きのびるよりは、前のめりに死んでいく」ぐらいの気持ちでこれからも自らの使命をまっとうしたいと思ったりする。

(長いことシリアスバージョンにお付き合い頂き、ありがとうございました!ちなみに、毎日こんなことばっか考えてるわけではありませんよ☆) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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ビル・ゲイツとともに、「最近の起業家」を生み出す源流を眺めてみると、そこにアップル・コンピュータがあることに気づくだろう。

先日、本ブログでも紹介したアップル・コンピュータの創業者スティーブ・ジョブズの講演の中に、やはりこんな一節があった。

「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。」

こうやって俯瞰して見ると、最近の起業家たちは
『”死”というものを老齢の先にある遠くのものとして捉えているのではなく
いつも自分の側にあるものとして認識している』
という共通点があるように思えたりする。

もしかすると明日にも自分は消えているかもしれない。
いや、それは今日かもしれない。
10年先かもしれないし、
もしかすると100年あとかもしれない。
そういう認識が前提となった物事の捉え方をする人たちが多いように思える。

こんなことを考えていると、かの「敦盛」の

  人間五十年
  下天の内をくらぶれば
  夢幻の如くなり
  一度この世に生を受けて
  滅せぬ者の在るべきや

という一節がふと脳裏をよぎる。

ご存知の通りこの舞をこよなく愛した人物は
織田信長という
安土桃山時代[W]という一時代を切り開いた人物だったりする。

(もう一回だけお付き合いください☆) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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「最近の起業家」に直接間接的に影響を及ぼしているのはやはりビル・ゲイツだと思う。彼は20歳でハーバード大学を中退してマイクロソフトを立ち上げ、1代で時価総額30兆円の企業を育て上げた。

そんな彼にとってマイクロソフトは3社目の創業経験だった、ということは意外と知られていない。

1社目:トラフォデータ
      (自治体向け交通量分析プログラムの開発)
2社目:ロジック・シミュレーション・カンパニー
      (学校向け時間割アプリケーションの開発)
3社目:マイクロソフト
      (マイコン用プログラミング言語”BASIC”の開発)

彼が最初に会社を立ち上げたのは弱冠16歳の頃。驚くべき起業家精神の持ち主だ。しかし、今回のポイントはそこではない。

実は、ビル・ゲイツと共にロジック・シミュレーション・カンパニーを立ち上げた共同創業者のケント・エヴァンスは、商品の納入を終える前に、登山中の事故でその短い生涯を終えてしまっている。

当時のゲイツ氏と同じく、彼も17歳だった。

ゲイツ氏は悲嘆にくれながらも時間割アプリケーションを完成させしっかり納品したと言われている。

この一件によって、ゲイツ氏が人生の有限性を強く意識するようになるのは自然な流れではないだろうか。

(シンキ臭い話も徐々に飽きてきましたが、折角なのでもう2回ぐらいつづきます☆) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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三木谷氏と同様に「最近の起業家」という言葉から想起されるのはやはりライブドアの堀江氏だろうか。私が(株)吉田鎌ヶ迫を創業した頃に、丁度近鉄買収のニュースがあがった。

どんな人間なのか興味が湧いた。本屋で彼の著作を立ち読みしてみた。著作物を読むときは、最初と最後を読む。著者の人柄がにじみ出ている場合が多いからだ。

すると、最後のページの方にこんな感じのくだりがあったと思う。(かなりうろ覚え)

 人生の意味なんて考えても無駄。
 人生の意味を考えているうちに人生は終わってしまう。
 俺は起業をしてから数え切れない興奮と感動を味わってきた。
 俺はこれからもシビレルような人生を送りたい。
 
三木谷氏と同様、彼も人生の有限性や一回性を強く意識しているようだった。

(さらにシリアス調(プロジェクトXのナレーション風)でつづく) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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そんな彼の講演で覚えているのが創業のキッカケだった。
これはよくインタビューでも同じことを言っているようなのだが、阪神大震災によって彼の叔父さんと叔母さんがお亡くなりになったそうだ。

 人生は有限だ
 一回しかない
 一回しかない人生を振り返った時
 「俺はやれるだけのことはやって来たんだ」
 と精一杯悔いのないように生きておきたい

そんな ”人生は有限で一回だけ” という実感が、叔父さん叔母さんの亡骸と遭遇した彼の中に芽生えたということだった。

そういえば、彼のインタビューなどに目を通していると

 「起業して大変なリスクをとっているようによく見られますが
 ”人生を後悔する”
 という最大のリスクを避けているだけです」

などというコメントもよく出てくる。

(つづく (たまにはシリアス調のまま) ) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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そういえば大学1年か2年の時に、一橋大学で開かれたセミナーで三木谷さんの話を聞いたことがある。当時は彼もまだ楽天を創業して3期目ぐらいの「駆け出しのお兄さん」という感じだった。

当時からサラリーマンになりたくない病にかかっていた私は、その時の三木谷さんの表情が非常に輝いていたことに好感を持ったものだ。業績は右肩上がりで非常に勢いに乗っている感じだった。

当時、彼は楽天市場上で”店長”とか呼ばれていた気がする。”店長”のメールアドレスもウェブ上に公開されていた。

試しに”店長”に

「いつか僕も自分の会社を建てたいと思っているのですが、
インターネットを利用したビジネスをやるのに
プログラミングなどの知識は必要でしたか?」

と当時覚えたてのUnix上で走るEメールソフトで質問を送ったら、翌日

「基本的なコンピュータの知識は必要ですが、
プログラミングまでは覚えなくても良いかもしれません。
どういったビジネスをやるのかを決めることのほうが大切ですね。
がんばってください。」

みたいなメールが返ってきてたので

「みんなにメールを返してるのかな?律儀な人だなぁ。」

とさらに好感を覚えた記憶がある。6,7年前の話。
(つづく) o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/14: 犬。

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「犬にエサをあげる時に鐘を鳴らす」
これを何回も何回も繰り返していると、
「鐘が鳴るとエサの時間だと思い込み、犬がヨダレを垂らす」
という現象が起こるそうです。
有名な”パブロフの犬”現象ですね☆

「この犬は勝手に自分の中の想像だけでハイになれてるんだから、そうとう幸せなぁ、私もこうなりたいなぁ」と前から強く思っていました。

そこで試しに似たような実験を自分にしていたら、「俺はできる。絶対勝つ。」みたいな言葉を自分に言い聞かせると、条件反射的に気分がハイになってヨダレが垂れてくるようになりました。スゴイ!

名づけて「犬社長」☆
メデタシメデタシ♪ o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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とにかく人と本気でブツカリ合う。
いわゆるガチンコ。
これって実はとても大切なことだと思います。

なぁなぁで誤魔化したままこっそり不満を持ち続けたり、相手に気を使って手を抜いたあとで後悔したりするのでは「仕事を良いものにする」ことはできません。

相手を尊重するからこそ、一切手を抜かずに真剣に勝負する。ボクシングでもK-1でもサッカーでもバスケットボールでも同じですね。これは社員同士での議論とか、企業同士の交渉に席においても同じことだと思います。

そういった姿勢があって初めて、仕事の中に感動が生まれるんだな、と強く感じる今日この頃でした☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/12: 動き。

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「人間って何だろう?」と問われた時、まずは顔とか目とか体とか物質的な部分を思い浮かべることが多いかな、と思うのですが、実はそれ以上に本質的な部分は 「動き方」 もしくは 「動き」 なんじゃないかな、と思ったりします☆

死んだ後でも液体窒素の中なんかにつけておけば、体・形は残りますが、動きはもう二度と戻ってこない。

「考え方」とか「ものの認識の仕方」とかも一種の「動き」もしくは「動きの型」なんだろうな、と思います。

そういった「動き」に注目するのが最近の自分の中では流行っていますね。人間の本質は「動き」なんだ、と。

1回だけの人生なので個人的には面白い動き方を極めたいな、と思ったりします。あと、何事に対しても前向きで楽しい動き方(考え方、ものの受けとめ方)ができるようになりたいですね☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
ウィニング/ジャック・ウェルチ
最近はこのジャック・ウェルチの新刊にはまっています。

ベンチャーの視点というよりは大企業をどうやってマネージしていくか、に主眼が置かれていますが、

「こんなレベルの経営者になってみたいものだ」

と夢見ながら赤線だらけで本がマッカ☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

最近の読んだ中では一番刺さりました。

10/07: 欲望。

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「綺麗」であることと「美しい」ということは、混同されやすいけれども実はまったく違うことだと思ったりします☆

ドブネズミが「美しい」という人もいますし、ピカソの絵を見て「美しい」という人はいても「綺麗」という人はあまりいないでしょう。

で、私は
「自分の人生は非常に美しかったな」
「確かに自分の美学を貫けた一生だったな」
とこの世を去るときに思えるように
闘争心の続く限り戦いたいと思っているんだな、

ということに気づく今日この頃でした☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o
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人生は短期的には思うようにならないことが多い
けれども、
長期的には思った通りになっていく

「人生、思うようにはならない」

と思っているその人こそ
まさしく彼が思った通りの人生を歩んでいるものだ

夢を見るだけでは足りない
夢を見”つづける”力を持つことだ
それはあどけない子供の無垢な綺麗ごとではなく
己の美学を守り抜くための根本的な闘争手段なのだ

「人生は思った通りになっていく」


と満員電車に揉まれながら思う今日の私でした☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/05: 楽しい。

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最近は「勉強のため」と言って本を読む機会が増えました。人間必要に迫られたり、必死になったりすると、吸収率がかなり高くなると思います。また必要なことを勉強しているので、今は勉強してる時間が楽しいですね。

思えば、学校の勉強って本当につまらなかった・・・。興味のない授業とかつまらない授業とか、眠くなるように出来てるわけですよ。人間の生理わ。そんな時に「起きろ!」とか言って怒られても苦しいだけだったりします。

そういう「苦しい勉強」を続けすぎて
「勉強=苦しいこと」
「勉強=役に立つこと」
「役に立つこと=苦しいこと」
みたいな刷り込みをされてしまった大人の人も多いのかもしれません。

でも、最近思うのはナニゴトも楽しんでやるのが一番。楽しいことをやるために必要な勉強は、やっぱり楽しかったりするのです。

「例え命を落とすとしても、もう楽しいと思えることしか絶対やらない」

と覚悟を決めることが、自分の天命を知るのに最適な方法なのかもしれません☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/04: 自分。(3)

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今日も「自分」について。このテーマってけっこう深いものがありますね☆

中国では他人のことや沢山のことをよく知っている人のことを「智」と言い、自分のことをよく知っている人を「明」というそうです。
(「知人者智、知己者明」)

で、智も明も両方揃っているのが理想だと思うんですが、リーダーに求められるのは「明」の方が大事だそうですね。

 彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず。

まず自分を知ること。これが基本ですね。
自分をまな板に乗せて客観的に見て評価することができること。
自分に何ができて、何ができないのか。強みは何か。弱みは何か。
これを日々正確に把握し、強みを活かし、足りない部分を他から補う。

こんな能力を持てるように日々注意していなければ、
”ちっぽけな自意識”の餌食になるのは
「他の誰でもなくまた自分」
ということになってしまうのです☆

嗚呼、自分。o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o

10/03: 自分。(2)

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「自分」についてもうひとつ思うのが、「自意識」とか「プライド」とかです。

創業者とか経営者という職種は「成功」とか「達成」とかがハッキリと見えやすいこの世で一番楽しい仕事だと思うのですが、

ひとつ「成功」すると、
これまでに無かったような「プライド」とか「自意識」も
副産物として生まれてきてしまったりします。

こういう”つまらないプライド”というのが、本当に困るんですよね☆

リーダーシップを発揮すべきポジションの人ほど
”つまらないプライド”
をさっさとチョン切って捨てなければいけません。

リーダーはビジョンのシモベ。
リーダーはミッションのシモベ。
リーダーはアイデアのシモベ。
これを常に言い聞かせていないと道を誤ると思われます。

「俺は偉いんだぞ。だから言うコト聞け。」
なんて言っている人に限ってロクなリーダーはいません。

「自分を無くして、虚心坦懐、全てのアイデア、教えに耳を傾ける。」
こういった姿勢を貫けなければ、素晴らしい人材も集ってはくれません。

多くの先人達の言う「無私」の精神というのは、上のような話なのかもしれませんね☆o( ^ - ^ o)(o ^ - ^ )o